建物の賃借人が修繕する旨の特約について

 建物の賃貸借契約では、建物の使用や収益を行う上で必要な修繕をする義務は賃貸人が負うが原則です(民法606条)。これは、賃貸人は賃借人に建物を使用、収益させることによる対価として賃料を得ているからです(民法601条)。
 それでは、この原則に反し、賃貸人が修繕義務を負わないとする特約や賃借人が修繕義務を負うとする特約を賃貸借契約に付することはできるでしょうか。結論としては、こうした特約を付することができます。なぜなら、民法606条は任意規定ですので、これと異なる合意を当事者がすることができるからです。また、老朽化した建物などを賃貸人が修繕義務を負わないことや賃借人が修繕義務を負うことを条件に低額で貸すなどのニーズもあるからです。
 もっとも、原則は、上記のとおり賃貸人が修繕義務を負いますので、賃貸人が受領している賃料、修繕義務の範囲等(小修繕か大修繕か)を総合的に考慮し、その内容が著しく不合理なものは、民法90条の公序良俗違反や消費者契約法10条(借主が個人で事業者でない場合)に違反して無効となる可能性もあります。
 なお、最判昭和43年1月25日(判時513号33頁)は、賃貸借契約書に入居後の大小修繕は賃借人がする旨の条項が記載されていた事案で、この条項について単に賃貸人が民法606条第1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったにすぎず、賃借人が家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、右家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であると判示しており、賃借人の修繕義務を定めた規定も、賃借人に積極的な修繕義務を課したものとは解されていません。