退職慰労金の不支給について

 退職慰労金とは、職務執行の対価の一部と位置付けられ、会社法に定める「報酬等」(会社法361条1項)に該当します。しがたって、定款の定め又は株主総会の決議がなければ退任取締役に退職慰労金の具体的請求権が生じません(最判昭和39年12月11日・判タ173号131頁他)。株主総会で退職慰労金の支給決議がなされても、退職慰労金の金額や支払い方法については株主総会から取締役会へ一任決議がなされることが多く、この場合は取締役会による具体的な金額等の決定がなされなければ退任取締役に退職慰労金の具体的請求権が生じません。よって、退職慰労金支給に関する株主総会決議がない場合や株主総会決議があっても一任を受けた取締役会の決議がなければ退任取締役は会社に対して退職慰労金を請求することはできません。
 そこで、退職慰労金に関する株主総会決議がなされない場合や取締役会決議がなされずに退任取締役が退職慰労金の支給を受けられない場合の救済措置が問題となります。この点、株主総会決議がなされない場合について、取締役が退職慰労金支給に関する議題を取締役会で決定・付議しないことについて任務懈怠責任(会社法429条)や不法行為責任(民法709条)を負うかが問題となりますが、原則として、取締役が取締役会で退職慰労金支給に関する議題を決定・付議する法的義務まではないと考えられ、多くの裁判例でも取締役に対する任務懈怠や不法行為に基づく損害賠償請求が認められていません。なお、具体的事実関係の下で退任取締役が退職慰労金支給に関する議題が速やかに株主総会に提出され可決されて支給を受けられると強い期待を抱いていたことに無理からぬ事情があったと認定し、その期待を裏切ったことが退任取締役の人格的利益を侵害したとして不法行為に基づく慰謝料の支払いを認めた裁判例もあります(大阪高判平成19年3月30日・判タ1266号295頁)。もっとも、これは特別な例で、多くの裁判例はこうした期待権侵害による慰謝料請求も認めていません。また、前記裁判例で認められた金額も数百万円で退職慰労金規定に基づく金額より著しく低い額でした。
 一方、株主総会で退職慰労金の支給決議がなされ、取締役会に一任したところ、取締役会が金額の決定を放置したり減額の決定をした場合については、退職慰労金規定に不支給や減額を定めた規定がないなど取締役会に裁量の余地がないようなときは、正当な理由なく放置したり減額することは取締役に任務懈怠責任や不法行為責任、会社の損害賠償責任(会社法350条)が認められると考えられます。多くの裁判例でも、退職慰労金規定の基準に従った金額及び支給方法の決定をすべきであるとしており、これに反する行為は裁量権の濫用として違法であるとして、会社に対する損害賠償責任や取締役に対する任務懈怠等の責任を認めています。