下請業者による元請業者に対する報酬請求に関し、合意した報酬額(元請業者の責めによる費用の増加等)が争点となった事案(東京地判令和3年1月22日)
1 事案の概要
本件は、大学校舎の改修電気設備工事を請け負った下請業者が、元請業者に対し、請負契約における報酬合意として、①主位的に、実費及び利益相当分を報酬とする旨の合意をしたと主張して、請負契約に基づく未払報酬及び確定損害金並びに同未払報酬額に対する遅延損害金の支払を求めるとともに、②予備的に、仮に上記報酬合意が認められないとしても、相当額の報酬を支払う旨の合意をしたと主張して、請負契約に基づく未払報酬及び確定損害金並びに同未払報酬額に対する遅延損害金の支払を求めた事案。
主たる争点は、①実費及び利益相当分を報酬とする旨の合意が成立したか、②相当額の報酬を支払う旨の合意が成立したか、③相当な報酬額がいくらかである。
2 裁判所の判断
(1)実費及び利益相当分を報酬とする旨の合意が成立したかについて
下請業者が元請業者に対し、複数回にわたり各月の労務費及び部材費等を請求する旨の請求書又はそれに類する書面を送付したが、元請業者がこれらの請求書等に応じた報酬を一度も支払っておらず、また、当該請求書等で請求された報酬を支払う意向を示していたことをうかがわせる事情も見当たらないことから、実費及び利益相当分を報酬とする旨の合意が成立したと認めることはできないとした。
そして、下請業者が元請業者に工事の見積書を複数回提出しこれに関するやりとりを行ったこと、元請業者が作成した工事金額(予定)欄に「¥未定 ※工事金額未定の場合は、見積書提出後に協議の上、決定します。」との記載のある「指示書」を下請業者に出し、下請業者が、「上記の通り工事の指示内容を承諾いたします。」と記載した「承諾書」を作成していることから、当初から、見積書に基づき報酬額を決定すること、すなわち、工事の報酬を、実費ではなく、見積書を基にした固定額とすることを、予定していたというべきであるとした。
(2)相当額報酬支払の合意について
元請業者が請負契約に基づき相当な報酬額を支払う義務を負っていること自体は認めていることから、両者は当初から見積書に基づき報酬額を決定することを予定していたといえ、請負契約締結の際、少なくとも黙示的に相当な報酬額を支払う旨の合意が成立していたとした。
(3)相当な報酬額について
まず、相当な報酬額は、当事者間に推認される合理的意思や、工事の規模・内容等諸般の事情を総合して判断するのが相当であるとして、下請業者が元請業者に提出した最終の見積書の額をベースとして、出来高割合方式により相当額について認容した。
なお、下請業者は、元請業者に提出した最終の見積書については元請業者に作成するよう指示されたもので下請業者の希望額ではないと主張したが、証拠上、元請業者から強いられたとは認められず、その内容についても、元請業者が入札した際の予定価格のもととなる工事内訳書を基に作成されたものであることなどから、見積書にも相応の信憑性が認められるとして、下請業者の主張を排斥した。一方、元請業者も最終の見積書の額については争ったが、当初見積書については修正を依頼したにもかかわらず、最終の見積書についてはそうした行動をとらなかったとして、元請業者の主張を排斥した。
また、下請業者は、被告指示、変更工事等により工事の人件費及び部材費が増大した、と主張したが、いずれについても、人員を適切に配置することで対処できた可能性が否定できない、あるいは、増大した人件費や部材の具体的な金額が証拠上明かでないなどとして排斥した。
3 コメント
本件では、報酬額の合意について争いとなったが、見積書に関する当事者の交渉経緯を詳細に認定し、合意の成立を判断しています。見積書に対して単に応答しなかったことをもって黙示の合意が成立したということにはなりませんが、当初見積もりについては修正を依頼したにもかかわらず、その後の見積書に何ら異議を述べなかった場合は、黙示の合意の推定が働く可能性もあります。
なお、元請業者の指示等による部材、人件費が増大したという下請業者の主張は、証拠上増大した具体的な金額が明らかでないとして排斥しましたが、本件は、専門家調停委員が入っていないことから、専門家調停員が入った場合、変更工事等による人件費の増加等については、異なる結論が出た可能性も否定できないと考えます。