芸能プロダクションと女性アイドルとの間のマネージメント契約が雇用類似の契約であるとされ,アイドルからの解除の効力が認められ,男性ファンとの性的な関係等を理由とするアイドル,その両親,相手方男性への損害賠償責任が否定された事例(東京地判平成28年1月18日)
1 事案の概要
本件は,芸能プロダクションが,専属マネージメント契約を締結した女性アイドルであった者に対し,同人,同人の両親,交際していたファンの男性に対し,専属マネージメント契約(以下「本件契約」という。)の債務不履行,不法行為に基づき損害賠償請求した事案です。
主たる争点は,①女性アイドルの債務不履行の有無と②損害です。
2 裁判所の判断
(1)女性アイドルの債務不履行について
女性アイドルが予定していたライブに出演しなかったなど,少なくとも形式的には本件契約の各条項に違反するように思われるが,これらの行為が,契約の債務不履行に当たり損害賠償義務を負うか,あるいは芸能プロダクションに対する不法行為に当たり損害賠償義務を負うかについては,なお考慮すべき事項がある。
本件契約において,女性アイドルは,芸能プロダクションが第三者との間で取り決めたアーティスト活動に,その指示に従って従事すべき義務を負い,これに違反した場合に損害賠償義務を負うとされているのに対し,女性アイドルの得られる報酬の額について具体的な基準は定められていない。また,芸能プロダクションは,芸能タレントの育成及びマネージメント等を目的とする会社であり,女性アイドル以外にも芸能タレントを多数マネージメントしてきたと考えられるのに対し, 女性アイドルは,本件契約の当時は一九歳九か月の未成年であった
これらの実情に照らすと,本件契約は,女性アイドルが芸能プロダクションに対してマネージメントを依頼するというような女性アイドルが主体となった契約ではなく,芸能プロダクションが,所属の芸能タレントとして女性アイドルを抱え,芸能プロダクションの具体的な指揮命令の下に同社が決めた業務に女性アイドルを従事させることを内容とする雇用類似の契約であったと評価するのが相当である。
そうすると,女性アイドルによる解除の意思表示は,三年間という期間の定めのある雇用類似の契約の解除とみることができるから,本件契約の規定にかかわらず,民法六二八条に基づき,「やむを得ない事由」があるときは,直ちに本件契約を解除することができるものと解するのが相当である。
そこで,女性アイドルに本件契約を直ちに解除する「やむを得ない事由」があったかを検討する。本件契約では,芸能プロダクションが女性アイドルに対し「別紙契約書」に乗じて算出した金額を報酬として支払う旨の定めがあるが,同項の※において,「別紙契約書」は「本プロジェクトにおける総売り上げが総経費を上回り,〝利益〟が発生した段階で作成し,締結するものとする。」と定められているのに,「別紙契約書」が締結されたとは認められない。そして,芸能プロダクションが上記報酬算定の根拠を示さないことからすれば,芸能プロダクションが女性アイドルに支払った上記報酬は芸能プロダクションがその都度自由に決めたものにすぎず,女性アイドルに対し,報酬としていついくら支払われるかの保証もなかったものと認められる。他方で,芸能プロダクションは,本件契約に詳細かつ包括的な禁止事項とその違反による損害賠償義務を定めた上で,女性アイドルが一か月活動しなかったことを理由に根拠も示さずに三〇〇万円もの損害賠償を請求している。
そうすると,本件契約は,「アーティスト」の「マネージメント」という体裁をとりながら,その内実は女性アイドルに一方的に不利なものであり,女性アイドルは,生活するのに十分な報酬も得られないまま,芸能プロダクションの指示に従ってアイドル(芸能タレント)活動を続けることを強いられ,従わなければ損害賠償の制裁を受けるものとなっているといえる。ゆえに,本人がそれでもアイドル(芸能タレント)という他では得難い特殊な地位に魅力を感じて続けるというのであればともかくとして,それを望まない者にとっては,本件契約による拘束を受忍することを強いるべきものではないと評価される。このような本件契約の性質を考慮すれば,女性アイドルには,本件契約を直ちに解除すべき「やむを得ない事由」があったと評価することができる。
そして,本件契約は雇用類似の契約であり,民法六三〇条,六二〇条前段から解除は将来に向かってのみその効力を生ずると解されるから,七月二六日付け内容証明郵便が芸能プロダクションに到達した時に,解除の効力が生じたものと認められる。
したがって,女性アイドルが平成二六年七月二〇日の本件ライブに出演しなかった行為及び解除の効力発生前の同月二六日までの七日間に本件グループの活動に従事しなかった行為は,芸能プロダクションに対する債務不履行に該当するが,解除の効力発生後の同月二七日以降の活動停止については,債務不履行に該当しない。
なお,芸能プロダクションは,女性アイドルの行為が芸能プロダクションに対する業務妨害ないし債権侵害の不法行為に該当するとも主張するが,本件契約は女性アイドルにとって一方的に不利な面が強く,やむを得ない事由があるとしてこれを解除することは女性アイドルの正当な権利行使と認められるから,そのような不法行為に該当するとは認められない。
また,女性アイドルは,上記解除の効力発生までの間に,ファンでと性的な関係を持っている。確かに,タレントと呼ばれる職業は,同人に対するイメージがそのまま同人の(タレントとしての)価値に結びつく面があるといえる。その中でも殊にアイドルと呼ばれるタレントにおいては,それを支えるファンの側に当該アイドルに対する清廉さを求める傾向が強く,アイドルが異性と性的な関係を持ったことが発覚した場合に,アイドルには異性と性的な関係を持ってほしくないと考えるファンが離れ得ることは,世上知られていることである。それゆえ,アイドルをマネージメントする側が,その価値を維持するために,当該アイドルと異性との性的な関係ないしその事実の発覚を避けたいと考えるのは当然といえる。そのため,マネージメント契約等において異性との性的な関係を持つことを制限する規定を設けることも,マネージメントする側の立場に立てば,一定の合理性があるものと理解できないわけではない。
しかしながら,他人に対する感情は人としての本質の一つであり,恋愛感情もその重要な一つであるから,かかる感情の具体的現れとしての異性との交際,さらには当該異性と性的な関係を持つことは,自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ,異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は,幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。とすると,少なくとも,損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは,いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても,いささか行き過ぎな感は否めず,芸能プロダクションが,契約に基づき,所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に,所属アイドルに対して損害賠償を請求することは,上記自由を著しく制約するものといえる。また,異性と性的な関係を持ったか否かは,通常他人に知られることを欲しない私生活上の秘密にあたる。そのため,芸能プロダクションが,女性アイドルに対し,女性アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは,女性アイドルが芸能プロダクションに積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど,芸能プロダクションに対する害意が認められる場合等に限定して解釈すべきものと考える。
そして,本件では,女性アイドルがファンと交際していたことを公にしたのは芸能プロダクションのプロデューサーであり,女性アイドルではない。本件において,女性アイドルが芸能プロダクションに積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたと認めるに足りる証拠はない。
したがって,女性アイドルの交際が結果的に外部に知れたことが(性的な関係を持ったことまでが外部に知れたか否かはともかくとして)アイドルとしての女性アイドルの商品価値を低下させ得るとしても,女性アイドルが相手方男性と性的な関係を持ったことを理由に,芸能プロダクションが,債務不履行又は不法行為に基づき,女性アイドルに対して損害賠償を請求することは認められないといわざるを得ない。
さらに,本件契約は雇用類似の契約であるところ,民法六二八条後段によれば,解除の要件としてのやむを得ない事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは,相手方に対して損害賠償の責任を負うことになる。しかしながら,本件においてやむを得ない事由が女性アイドルの過失によって生じたものとは認められない。そのため,この点からも,女性アイドルが芸能プロダクションに対して損害賠償の責任を負うことはない。
(2)損害について
女性アイドルの債務不履行が,平成二六年七月二〇日の本件ライブに出演しなかった行為及び解除の効力発生前の同月二六日までの七日間に本件グループの活動に従事しなかった行為に限定されていることを前提に,以下芸能プロダクションが主張する個別の損害について検討する。
グッズ在庫については,契約解除までの七日間にグッズ販売が中止され在庫が生じたことを認めるに足りる証拠はない。よって,被告花子の上記債務不履行によってグッズの在庫が生じたとは認められない。
また,芸能プロダクションは,被告花子が本件グループの活動に従事することにより,CD・グッズ販売,ライブ出演,物販活動等によって芸能プロダクションが四一〇万円の利益を得られるはずであったと主張するが,ライブについてチケットの払戻しは発生しておらず,その他に女性アイドルの債務不履行により,芸能プロダクションが得られるべき利益が得られなかったと認めるに足りる証拠はない。
そして,芸能プロダクションは,ライブ出演,物販活動等仮押さえしていた出演業務の中止を余儀なくされたと主張するが,いつのどのような出演業務を中止したかを特定しておらず,また,そのことを裏付ける証拠を一切提出しないため,芸能プロダクションの主張するような信用毀損が生じたと認めることはできない。一般に,多人数のメンバーを抱えるアイドルグループにおいて,一部のメンバーの欠席や脱退等がありながらも,グループ全体としては活動を続けるものであることは公知の事実であり,弁論の全趣旨によれば,本件グループについても,女性アイドルを欠いたとしてもグループとしてのライブ出演その他の活動を行うこと自体には支障がなかったと認められる。そのため,女性アイドルが本件ライブに出演せず連絡にも応じなかったことにより,芸能プロダクションやライブを運営する関係者に迷惑がかかったことくらいは窺えるが,金銭的な賠償が必要な程度の信用毀損が芸能プロダクションに生じたとまでは認められない。よって,被告花子は,芸能プロダクションに対し,逸失利益等の損害賠償残務を負わない。
3 小括
本判決は,専属マネージメント契約の内容から,委任契約ではなく,雇用契約に類する契約であるとして,雇用契約の条項により,契約の解除の有効性について判断しました。また,女性アイドルが男性と性的な関係をもったことも,憲法上の幸福追求権に言及し,それ自体が違法性を持つものではなく,女性アイドルが積極的に自ら外部に公表したものでもないことから,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償責任を負うものではないとしました。
また,契約解除するまでの間の一週間の債務不履行から生じる損害については,芸能プロダクションから立証がなされていないとして,損害賠償責任を否定しました。
(2025.4.12 判タ1438号掲載)