隣地での工事により建物の傾斜等の被害を被ったとして、隣地所有者、解体業者、新築工事請負業者に損害賠償を求めた事案(東京地判令和元年12月6日)
1 事案の概要
建物所有者が、隣地建物所有者、解体工事施工者、新築工事施工者に対し、隣地のビル建設工事に伴う土工事(山留工事等)により、外壁スレートが割れ、建物全体が傾き、室内の壁紙に亀裂が入り、隙間が開いたなどとして、共同不法行為に基づく損害金の支払を求めた事案。
主たる争点は①解体工事での外壁損傷の発生、②山留工事による建物傾斜の発生、③共同不法行為責任である。
2 裁判所の判断
(1)解体工事による外壁の損傷について
解体前の写真がなく、解体工事中の写真からは、解体前に外壁のスレートが割れていなかった、あるいは存在していたと認定できず、建物自体、昭和41年に新築され、本件解体工事の際には築49年であったことなどから、経年等により割れるに至ったものである可能性を否定することができないなどとして、解体業者の責任を否定した。
(2)山留工事による建物傾斜の発生について
日本建築学会「建築工事標準仕様書・同解説」には、横矢板の設置に際しては、横矢板の裏側に裏込め材料を十分に充填した後、親杭と横矢板との間にくさびを打ち込んで裏込め材の締固めと安定を図る旨の記載がある。
本件建物及び隣地新築ビルに近接するX1地点の地盤のN値は0ないし1程度であること、第1期山留工事では、隣地境界線から20ないし25cmほど離れた地点を少なくとも1.6m程度掘削し、H鋼の大きさを100mm×100mmとする親杭横矢板工法を採用したこと、横矢板の設置後に裏込め土の充填や親杭間にくさびを挿入するなどの措置は講じなかったことが認められるところ、これらの事実関係に加えて、専門家調停員本件意見書における意見も踏まえれば、第1期山留工事は、本件建物全体に影響を及ぼすとまではいえないが、山留壁の変位を許容し、隣接地盤の緩みを生じさせ、本件建物の基礎の変位を招く可能性のあるものであったと認められる。
そして、第2期山留工事では、山留壁より隣地境界線側を掘削しているのに、掘削する前又は掘削に合わせて掘削箇所を合板で押さえる措置を講じていないことが認められるところ、専門家調停委員の意見も踏まえると、第2期山留工事は、本件建物の全体に影響を及ぼすとまではいえないものの、本件建物の東側の基礎直下の土が側方からの支持力を低下させ、又は側方から応力を開放して本件建物の基礎の沈下を生じさせる可能性のあるものであったと認められる。
上記認定したところに加えて、専門家調停委員の意見を総合すれば、本件山留工事によって、少なくとも本件建物の東側基礎部分が本件山留工事によって沈下した可能性があると認められる。そして、上記認定事実によれば、本件建物の床下の畳部を支える大引きや床板と、土台、柱、壁は縁が切れていたこと、本件山留工事後の平成28年2月13日の調査時点で本件隙間があることが確認されていたこと、本件新築工事前の平成27年3月に本件建物には賃借に先立ち現状確認がされ、開店準備のための畳交換などが行われていたことが認められる。そして、上記の賃借と開店に至るまでの経緯の後において本件隙間が残っているとは通常考え難いから、本件山留工事の約3ないし4か月前には本件隙間は存在しなかったものと推認される。以上に加えて、専門家調停委員の意見も踏まえると、上記の本件山留工事によって本件建物の東側基礎が沈下する可能性と、本件山留工事の約3ないし4か月以後に本件建物の1階東側に本件隙間が発生したこととは整合するものといえる。
これまでに説示したところを総合すると、本件においては、経験則に照らし、本件山留工事が本件隙間の発生を招来したことに関しては、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうる程度に立証されているものといいうるから、本件山留工事と本件隙間の発生との間には因果関係があると認められる。
(3)共同不法行為の成立について
建物所有者は、一級建築士の資格を持ち、隣地建物の設計監理者であるというだけでなく、所有者、発注者であるという地位を併せ持ち、かつ、建築の専門知識をもって現場において、常時、直接本件山留工事を確認していたなど具体的な事実関係の下では、隣地所有者としては、施工業者の本件山留工事の施工によって周辺地盤に影響を与えることのないように注意すべき義務を負い、第1期山留工事に接した際には、自立式ではなく切梁式の土留め工法や、より大きなH鋼の使用を検討し、施工業者に是正を指示すべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、これを怠り、施工業者の施工を許容していたと評価せざるを得ないから、上記注意義務に違反したと認めるほかない。
したがって、隣地所有者には、過失があり、施工業者による本件山留工事の施工と隣地所有者による注意義務違反とは客観的に関連共同するから、共同不法行為(民法719条前段)に基づき、連帯して、本件山留工事によって発生した前記隙間等につき損害を賠償すべき義務を負う。
3 コメント
本件のように、近隣での工事により建物が傾いたり、壁に亀裂が入ったりするなどの被害が生じる事例があります。その場合、工事前の建物状況を写真等で保存しておくと、工事前後の対比ができるので、立証がしやすくなります。施工会社が事前に施工前の状況について写真撮影を求めてくる場合もありますが、施工会社が求めてこない場合は、施工業者に依頼したりることも、自ら写真を撮影しておくことも必要です。
本件は、隣地所有者の責任も認められましたが、これは、隣地所有者が設計監理者であり、現場で指示を出していたという特殊事情により認められたものと考えられます。