離婚協議中に自宅を出で別居を開始した夫が,自宅の鍵を無断で交換されたとして,従前の共同占有を求めた占有回収の訴えが認められた事案(東京高判令和6年5月15日判決)

 裁判所は,占有権は,占有者が占有の意思を放棄し,又は占有物の所持を失うことによって消滅する(民法203条本文)とした上で,占有者による占有の意思の放棄は,単に占有者の内心において自己のためにする意思(民法180条)がなくなるだけでは十分でなく,自己のためにする意思を持たないことを積極的に表示することが必要であるものと解されるとし,妻に離婚を迫ったり,別居を敢行したり,別居後の居場所を秘匿したりしたとの事実のみで,夫が自己のために占有する意思を持たないことを積極的に表示したとまでみるのは困難としました。また,住宅ローンや管理費も夫が支払っていたこと等も考慮されました。
そして,占有物の所持の喪失についても,夫が別居後も自宅建物の鍵を引き続き保有し,これを用いて本件建物に出入りしていたことから,夫が占有物の所を 失ったとみるのは困難であるとしました。
 以上により,妻が自宅建物の鍵を夫に無断で交換し,もって夫による自宅建物の占有・利用を妨げたのであるから,夫は自宅建物の占有を侵奪されたというべきであるとして,されるのであるから,控訴人は,被控訴人に対し,占有回収の訴えとして,従前の共同占有の状態への復帰を求めることができるというべきであるとしました。なお,裁判所は,所有権に基づく妨害排除請求権として,本件建物の使用を妨げてはならない旨求めることも可能であるものと解されると付言しました。
 本裁判では,上記のほかに,妻が自宅建物の鍵を無断で交換するなどし,夫と長男との父子交流を妨げた行為について不法行為が成立するとし,22万円の賠償金を認めました。
 なお,同様の占有回収の訴えに関する裁判例は複数ありますが,東京地判令和5年3月29日は,夫が勝手に自己所有の自宅建物の鍵を交換した事案で,夫の占有侵奪の事実は認めましたが,妻の自宅建物に対する占有権は,夫婦同居義務(民法752条)に基づくものと解されるから,両者の間で別件離婚訴訟が係属し,当該訴訟で夫婦とも離婚意思を有するに至ったと認められるから,これにより妻は同居の意思を失ったものとみるべきであるとして,夫婦同居義務を前提とする占有回収を求めることはできないとして共同占有の請求を棄却しました。もっとも,夫の違法な占有侵奪により新たに発生した賃料について損害と認め,仮住まいが決まるまでホテルや職場を転々とせざるを得なかったことに対する慰謝料は認めました。

(2025.4.9 判タ1529号掲載)