労働者から退職する旨の意思表示がなされた後に、確定的なものではないとして合意退職の無効が主張されたが、合意退職が有効とされた事案(札幌高判令和4年3月8日)
1 事案の概要
本件は、一審が、労働者にとって労働契約解消の意思表示は重要であるから、確定的な意思表示であると評価するには慎重な判断をする必要があるとして、合意退職を無効と判断し、未払燃料手当に係る請求を認容し、未払賞与及び不法行為に基づく損害賠償に係る請求の一部を認容し、その余を棄却したことから、双方が控訴した事案である。なお、本事案では、退職届等の書面は提出されておらず、労働者から健康保険の返却もされていない。
主たる争点は、①労働契約の合意解約の有効性、②民訴法260条2項の類推適用の可否(仮の地位を求める仮処分が認められ、賃金の一部が支払われたことから原状回復を求めていた)である。
2 裁判所の判断
(1)労働契約の合意解約の有効性について
裁判所は、①労働者が退職の意思表示をしたのが事務部長による退職勧奨の当日ではなく、3日後に行われ病院側も2名が出席した面談において、上司に対する不満などの反論を行った上で退職の意思表示をしたこと、②退職の意思表示に続き、年休消化や退職日、退職金の支給、退職後の健康保険の任意継続、私物の引き取り等についても話していること等から、労働者による衝動的な退職の意思表示ということはできず、労働者から退職を前提とした発言もなされているとして、合意解約は有効であるとした。
また、病院側は面談時2名で、大声で退職を迫ったり、何度も退職を迫ったりしたことはなく、労働者からの問い合わせに対して厳しい処分となる旨説明したものの懲戒解雇を明示ないし黙示で告げた事実もないことから、脅迫による取消も認められないとした。
(2)民訴法260条2項の類推適用の可否について
仮処分決定に基づくものについては、被保全権利の存在を否定する本案判決が確定しない段階では、仮処分命令の効力が遡及して消滅するものではなく、債務者は、保全異議ないし保全取消しの手続によって仮処分命令の取消しを得るとともに、仮処分命令に基づき支払った金銭の返還等を求める(民事保全法40条1項、33条)などの方法によるべきであるとして、類推適用を否定した。
3 コメント
本件のように、労働者が退職の意思表示をした後に、その意思表示が確定的なものではない、あるいは意思表示に瑕疵がある等と主張して、合意退職の有効性が争われることはよくみられます。
第一審はは、労働者が懲戒解雇を含め何らかの処分がなされることを恐れて、衝動的に退職する旨を述べた可能性があると判断した上で、病院側が求めた退職願を提出していないことや弁護士を通じて退職の意思表示を撤回する旨のべていることなどから確定的な意思表示ではないとしましたが、高裁は、上記のとおり、具体的事実から確定的な意思表示であり、事務部長によりその退職の意思表示が受理されたと認定し、合意退職は有効としました。確かに、就業規則等に定められた退職手続きがとられていたか否かは、ひとつの判断材料にはなり得ますが、口頭による退職の意思表示が否定される訳ではありません。結局のところ、総合的な判断になりますが、面談の状況から退職を強要しているとは判断できず、その他に労働者が自ら退職に向けた言動があることから、退職合意が有効と判断したものと考えられ、合理的と考えます。