暴力団員が疑われる資料の存在について事前に買主に伝えなかったことが媒介契約上の善管注意義務違反に当たる(不法行為)とされた事案(東京地判令和6年1月31日)

1 事案の概要
 本件は,マンション1棟及びその敷地(以下「本件不動産」という。)を投資目的で購入した買主(宅建業者)が,媒介契約に基づき本件不動産の購入を媒介した不動産仲介業者に対し,本件不動産に反社会的勢力である暴力団構成員が居住していたことを認識し,あるいは容易に認識できたにもかかわらず,故意又は過失により,必要な調査・説明又は報告を怠った媒介契約上の善管注意義務違反があると主張し,主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき,予備的に一般媒介契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,不動産の取得費用等を求めるとともに,本件不動産購入後,本件不動産について管理業務も受託した不動産仲介業者に対し,本件不動産に暴力団構成員の可能性がある人物が居住していることを認識していたにもかかわらず,同人が暴力団構成員か否かを確認せず,また,そのことを報告しなかった管理委託契約上の善管注意義務違反があると主張し,主位的に不法行為による損害賠償請求権に基づき,予備的に本件管理委託契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,転売利益等を請求した事案です。

2 裁判所の判断

 (1)媒介業務上の調査・説明義務違反及び報告義務違反の有無について
 不動産仲介業者は,宅建業者として誠実にその業務を行い,調査,説明義務等の具体的な注意義務を負うとともに(宅地建物取引業法31条1項,35条1項,47条1項1号参照),媒介契約の受託者たる宅建業者として,本件媒介契約の本旨に従い,善良な管理者の注意をもって媒介業務を処理する義務を負う(民法656条,644条)。したがって,不動産仲介業者は,本件不動産の購入希望者である原告に重大な不利益をもたらすおそれがあり,その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項を認識している場合には,原告に対し,原告に不測の損害を及ぼすことのないよう当該事項に関する調査・説明及び報告義務を負うものと解するのが相当である。
 そして,取引対象である不動産につき,反社会的勢力の事務所やその他の活動の拠点が所在するとの事情のみならず,反社会的勢力に該当する個人が不動産を賃借しているとの事情であっても,昨今の暴力団等の反社会的勢力との取引に関する厳格な扱いからすると(東京都暴力団排除条例19条,20条参照),その資産価値に影響を与え得る事情として,取引の意思決定上,一定の考慮要素となるべき事情に該当する。
 さらに,買主が提出した本件不動産鑑定においても,反社会的勢力の居住は,金融機関による融資を受けることが困難になることを理由として,減価要因として考慮されている。これらを踏まえると,宅建業者の立場にあった不動産仲介業者においては,本件不動産につき,賃借人が反社会的勢力であるかについて疑うことが合理的に期待できる事情が存在する場合には,同賃借人の反社会的勢力該当性について必要な調査・説明を行うべき義務が認められる(媒介業務上の調査・説明義務)。
 そこで,本件において不動産仲介業者が媒介業務上の調査・説明義務を負っていたか否かについて検討すると,本件売買契約前の時点では,不動産仲介業者が本件賃借人に関する情報として認識し得たのは,本件捜査関係事項照会書のみであった。
 捜査関係事項照会書は,刑事訴訟法197条2項に基づき,捜査のため必要な事項一般について照会するものであり,捜査対象の限定もないことからすると,直ちに照会対象となった人物等が反社会的勢力であることを示すものではない。その上,本件捜査関係事項照会書の記載内容は,本件不動産の603号室の賃貸借契約の写しを送付するよう依頼するにとどまる内容であり,本件捜査関係事項照会書に関して不動産仲介業者が所有者から得た情報の内容(①本件捜査関係事項照会書の送付から2年の間に警察から連絡はなく,②本件賃借人が近隣とトラブルを起こしたとの報告はなく,③本件賃借人の入居時,家賃の保証会社や保険会社の審査を経ていずれも契約できていること)に照らしても,本件賃借人が反社会的勢力に該当することを直ちに疑わせる事情は見受けられない。
 以上の事情からすると,不動産仲介業者が,本件売買契約以前に本件捜査関係事項照会書の存在を知っていたことを考慮しても,不動産仲介業者において本件賃借人が反社会的勢力であるかについて疑うことが合理的に期待できる事情が存したとまではいえない。
 そうすると,不動産仲介業者が,本件捜査関係事項照会書の存在を理由に,所有者への聴取以上に媒介業務上の調査・説明義務を負っていたとまでは認められない。
 一方,本件捜査関係事項照会書の存在は,直ちに本件賃借人が反社会的勢力に該当することを疑わせる事情とまではいえないものの,本件賃借人が何らかの犯罪に関与するなど警察による捜査対象となったことを示す資料である以上,本件不動産購入を検討する原告としては,その資産価値や投資リスクの評価に際し,関心を持つべき内容であるといえる。そして,その存在は,買主において,容易に知り得る情報とはいい難い。
 そうすると,不動産仲介業者は,本件捜査関係事項照会書の存在及びこれに関する所有者の説明内容を,本件売買契約に先立ち,購入者に対して報告する義務を負っていたものと認められる(媒介業務上の報告義務)。そして,不動産仲介業者が買主に対して本件捜査関係事項照会書の存在等について報告を行わなかったものと認められるから,被告は,媒介業務上の報告義務を履行しなかったと認めるのが相当である。
 したがって,不動産仲介業者は,媒介業務上の報告義務に違反したものと認められるから,買主に対し不法行為責任を負う。

(2)管理業務上の調査・報告義務違反の有無について

 管理業者は,所有者からの連絡により,本件賃借人の保険会社が,本件賃借人が反社会的勢力に該当する人物であるとの疑いを持ち,これを理由に保険契約を解約するに至ったとの事実関係を把握した上で,本件賃借人が逮捕歴のある暴力団関係者であることがうかがわれる新聞記事を入手し,かつ,被告の顧問弁護士,全国宅地建物取引業協会東京支部等にそれぞれ問い合わせを行って本件賃借人への対応を相談した事実が認められる。こうした経緯に照らすと,管理業者は,本件賃借人が反社会的勢力に該当する可能性があることを認識し,管理業者として取り得る合理的な手段を講じて,本件賃借人が反社会的勢力に該当するか,するとしてどのように対応すべきかを検討していたものと認められる。そうすると,仲介業者において,管理業務上の調査義務に違反したものと認めることはできない。

(3)因果関係及び損害について

 本件賃借人の名前は,暴力団の関係者であり過去に逮捕されたとの情報がインターネット上の新聞記事で確認でき,また,暴力団追放運動推進都民センターの調査によって,本件賃借人が現在も暴力団構成員であり反社会的勢力に該当する人物であることが確認できたと考えられることからすると,買主が本件売買契約当時において本件賃借人が反社会的勢力である,またはその疑いがあることを認識し得たと認められる。
 そして,買主は,本件不動産の購入に際し,本件賃借人が反社会的勢力に該当する人物であると認識していれば,銀行融資や転売の際にトラブルが生じるリスク等を考慮し,本件売買契約を締結しなかったものと推認される。したがって,買主は,媒介業務上の報告義務違反が存在しなければ,本件不動産を購入しなかったと認められる。

(4)損害について

 本件不動産取得費用については,本件不動産取得費用から口頭弁論終結時の本件不動産の資産価値相当額(暴力団員退去済み)を控除すると,本件不動産購入額を上回ることから,本件不動産取得費用相当額の請求は認められない。
 本件賃借人退去費用については,処分禁止の仮処分その他の訴訟等に関する弁護士費用と本件賃借人の退去のために買主の社員を当該業務に従事することにより発生した人件費(20万円)を認めた。
 不動産鑑定費用については,不動産仲介業者の注意義務違反に係る損害を算定するために不動産鑑定は必要不可欠な情報であるとして認めた。
本訴訟の弁護士費用は10%の範囲で認めた。

4 小括
 媒介契約を締結した不動産仲介業者は,宅建業者として宅建法上の義務と受任者としての善管注意義務を負っていることから,対象物件について一定の調査を行い,委任者に報告する義務があります。もっとも,あらゆる調査を尽くす義務がある訳ではありません。
 上記2(1)で「その契約締結の可否の判断に影響を及ぼすことが予想される事項を認識している場合には,原告に対し,原告に不測の損害を及ぼすことのないよう当該事項に関する調査・説明及び報告義務を負うものと解するのが相当である。」と判示しているように,宅建業者が取引に影響を及ぼす事実を認識している場合に,その調査・報告が必要になります。認識していない事実や用意に認識し得ない事実についてまで調査・報告する義務がある訳ではありません。

(2025.4.20)