固定残業代制(定額残業代制)について
固定残業代とは、法定時間外労働等対する割増賃金を、あらかじめ基本給に組み込んで支給する方法や基本給とは別に定額の手当を割増賃金に代えて支払う方法をいいます。
固定残業代制について、最高裁は次のように判示して、固定残業代制を採用をすること自体を認めています。労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照),使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。
また、固定残業代制が実際に有効となるための要件について、最高裁は次のとおり判示しいます。使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、同条の上記趣旨によれば、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・集民172号673頁、最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・集民240号121頁、最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決・集民255号1頁参照)、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである(最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・集民256号31頁参照)。そして、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法場合、当該手当等が割増賃金を含んだ趣旨で支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである(以上につき、最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁参照)。
つまり、固定残業代制が有効とされるためには、労働契約の内容として、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとともに、②固定残業代の額が実際の割増賃金の額が下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う内容となっている必要があり、その判断に際しては、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断されます。
なお、上記①の判別可能性については、どの程度明確であれば良いかが問題となりますが、手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するが、固定残業代が何時間分の時間外労働に相当するかが指標として明確にされていることまでは必要ないとした裁判例があり(大阪地裁令和4年8月4日)、妥当であると考えます。